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JR九州に学ぶマーケティング力



<JR九州>

「指宿のたまて箱」をご存じだろうか。
これが列車名だというのだから驚く。
JR九州の鹿児島県指宿枕崎線を走る特急列車の名称だ。
日本の列車の愛称は、かつては地名や山の名前が多かった。
九州にも「高千穂」や「桜島」などが走った時代もある。
「あさかぜ」「みずほ」「金星」「富士」といったブルートレイン「かもめ」「つばめ」「はやぶさ」という鳥の名前もおなじみだ。
ところが「いさぶろう・しんぺい」に「はやとの風」、「指宿のたまて箱」となるとその裏にある「ストーリー」がイメージされる。
そういえば「A列車で行こう」という愛称もJR九州の列車名だ。
シンガーソングライターの曲名のような愛称の裏には、あえて乗る必要もない列車にわざわざ乗せるためのマーケティング戦略がある。

ところでなぜ「指宿のたまて箱」なのか。
実は薩摩半島には竜宮伝説が伝わる。
浦島太郎の黒髪が煙とともに白髪に変わったという伝説にちなんで海側は白、山側は黒というユニークな色に車体も塗装している。

白と黒に塗り分けられた車両


車両はヨットや客船に用いられる明るいチーク材と南九州産の杉材を使った車両は海に面したここちよいデッキのようだ。
出発の際、玉手箱の白い煙をイメージしたミストが上がるという仕掛けも心憎い。
錦江湾を眺められるようにカウンターシートは横向きになる。
子供たちも楽しめるようにとキッズチェアと低いカウンターを設け、本棚に絵本も置かれている。

窓側に向いた座席で景色を楽しめる


車内は童話の世界


乗れば1時間ほどの短い特急列車、地元住民ならあえて特急に乗るほどでもない鹿児島中央と指宿の距離に人気列車を仕立て上げた工夫は大いに評価されていい。
おそらく乗客はみな特急料金を払ってもったいなかったとは思わないはずだ。
「買う気のない人に買わせる知恵」をマーケティングというのだ。

「指宿のたまて箱1号」は9時55分鹿児島中央を発車、途中喜入に停まり、10時47分に指宿に着く。
車内では女性のキャビンクルーが、車内販売や日付入りパネルを持って記念撮影しませんかと動き回る。
いぶたまプリンや指宿温泉サイダーなど人気商品が次々に売れてゆく。
地点間を移動するためではなく、乗ること自体に楽しさを見出す。
思えばテーマパークの乗り物がまさにそれではないか。

国鉄民営化で人口が多く大都市間を結ぶJR東日本や西日本、東海と比べて北海道、四国そして九州のJRは経営の先行きが危ぶまれいわゆる三島問題と言われた。
そうした中にあって、ホテルやマンション建設などの多角化とともにJR九州は観光トレインによる誘客に取り組んできた。
その最たる例が豪華列車「ななつ星イン九州」だろう。
目的地に早く着くという新幹線型発想から抜け出し、ゆったりとした旅そのものを楽しんでもらう発想への転換はその後、ほかの鉄道各社にも広がっている。

かつてJRの社員研修を担当したことがあった。
研修の教室には「安全で正確な運行を心がけよう」という目標が掲げられていた。
「鉄道会社にとって安全と正確を達成できなければ存立基盤が問われかねない。 そのうえに今後は楽しく快適にという付加価値が付けられるかが経営の課題になる」
と私は社員たちに話した。

「安全で正確な運行」はすべての利用者に共通に提供しなければならないサービスだが、「楽しく快適に」感じるかどうかは人によって価値観が異なり判断もわかれる場合があるから難しい。
2019年にJR九州は営業エリアを出て、東京新橋にシティホテルを開業した。
人口減の進む九州で待っているだけではなく、お客さんのいるところへ出ていこうという戦略だ。
決して恵まれているわけではない経営環境の中、座して待つだけではなく積極的にお客さんを取りに行く発想が縮小ニッポンには求められている。